Odilon Redon

"The Cyclops"

「悪の華」の影響でルドンを知った人も多いのではないだろうか。彼は天性のひねくれ者である。
病弱ゆえに学校にも馴染めず、芸術に傾倒していった。絵画教室に行けばアカデミックな芸術に対し敵意を抱き、
同世代に現れた印象派の芸術に対しても単に感覚的であることに不満を持っていた。
しかしながら、私はこういったひねくれた人間こそが独創的な作品を生み出すのだと思う。
彼の作り出す、シュルレアリスム的な世界観は不気味でありながらも非常にコミカルで、なおかつ深層的である。
現代でも同じように不気味かつコミカルな絵を描く画家は存在しているが、どこか「こういうのがシュールでしょ?」という浅はかさを感じてしまうことが多い。
感情の吐露とも言える「エグみ」が全く足りていないのだ。
そういったものはバックボーンにある芸術的嗜好によってこそ生み出されると私は思う。
ルドンのバックにあるのはミレーやコロー、ドラクロワ、そしてモローである。ロマン主義や写実主義、バルビゾン派の芸術を自らの中で濾過し、純度を高め、
生まれ出した幻想世界だからこそ誰にも真似できないものへと昇華されているのではないだろうか。
それは目的として生み出されたシュルレアリスムと、結果として生み出されたシュルレアリスムの違いなのかもしれない。


「Eye Balloon」を筆頭に、初期の彼の作品の多くは物憂げな目が特徴的である。目は口ほどにものを言うという諺の通り、
この目を持って幻想的空気感を作り上げているのがルドンの素晴らしいところであろう。
彼の描く「表情」はとても生物的で、新鮮である。
眼に映るものの光や色を生々しく描いた印象派芸術と違い、彼の描いているのは内面世界である。
「目」というものは彼にとって「意識」の象徴であり、だからこそ何度も繰り返し作品の中へと登場しているのだ。
彼は黒を最も本質的な色だと捉え、その可能性を探っていた。事実「The Smiling Spider」を代表として黒の持つ深みを表現するに至っている。


しかし彼は50歳を超えてから鮮やかな色彩を使うようになった。
そしてその色彩は長年の黒の追求の影響を受けた色彩とも言えるものである。
「The Cyclops」はルドンの作品の中でも傑作であり、私が個人的に一番好きな作品である。
複雑な色彩の中に横たわる美しいガテライアと対照的な単眼の巨人、そしてその語りかけるような目の黒色はこの絵の色彩の中でもひときわ目立っている。
全てを黒で構成していた初期に比べて絵全体における黒の割合は大きく減っているが、その印象は変わらない。
いや、「より黒くなった」と表現した方が正しいかと思う。
構図や題材、そして全ての色彩がこの黒を引き立てるために作用している。だからこそ、この単眼の巨人の目はとても繊細で、深淵で、恋に満ち溢れているのだ。
だからこそ、この作品は黒に魅せられたルドンの最高傑作であると私は思う。